LDL-C 高値やTG 高値は動脈硬化性疾患との関連が深い病態ですが、HDL-C 低値も動脈硬化性疾患と非常に関係の強い病態です。「脂質異常症」という診断名が使用される以前は「高脂血症」という診断名がこれらすべての病態に対して使われていましたが、文字通り脂質値が高くなる場合(LDL-C、TG)のみならず、HDL-C が低くなる場合も含めての診断名が「高脂血症」であったため、違和感がありました。それゆえ2007年の動脈硬化性疾患予防ガイドライン改訂に際し、診断名「高脂血症」を「脂質異常症」に改訂することになったわけです。また、このように改訂することにより、低HDL-C 血症も動脈硬化性疾患の危険因子として強く認識していただきたい、との意図も込められました。以上の経緯から高LDL-C 血症や高TG 血症といった脂質値が高くなる病態に対しては、「高脂血症」という診断名を使用することは特に問題はありません。
脂質異常症は動脈硬化を進行させる要因となります。脂質異常症の治療は動脈硬化を予防する効果があります。現在動脈硬化が進行している場合や動脈硬化のリスクが高い場合は、動脈硬化を進行させないために脂質異常症の治療が重要となります。
脂質(血清脂質)」は血液中を流れるコレステロールやトリグリセライド(TG)などの脂肪分のことです。脂質異常症は血液中の脂質の代謝に異常がある状態です。脂質異常症と診断されるのは、高LDL-C 血症、高TG 血症、低HDL-C 血症の場合です。これらの脂質異常症は心筋梗塞や脳梗塞、閉塞性動脈硬化症などの動脈硬化性疾患の原因となります。動脈硬化性疾患は総死亡の約22%を占め、発症すると日常生活の質が低下する可能性もある重篤な病気です。加齢、性別(男性)、冠動脈疾患の家族歴、糖尿病、高血圧、喫煙、脂質異常症などが動脈硬化性疾患の危険因子ですが、脂質異常症はこれらの危険因子のなかでも非常に重要な危険因子であることがさまざまな研究で示されています。脂質異常症は長年の蓄積により動脈硬化を進行させますが、早期に介入することで心筋梗塞や脳梗塞などの発症の予防ができます。また適切な治療により動脈硬化の改善も期待できます。脂質異常症を指摘された時に症状がなくても、放置すると動脈硬化が進行し、やがて命を脅かす重篤な病気が生じる可能性があります。このようなことから脂質異常症を指摘された場合、動脈硬化性疾患がどのくらい進行しているか、これから発症するリスクがどのくらい高いかを確認し、リスクの程度に応じて脂質異常症の治療の必要性を検討することや、動脈硬化性疾患を予防するために脂質異常症を改善することが推奨されています。
コレステロールは脂質の一つで、細胞膜の構成成分や性ホルモンなどのステロイドホルモンの原料となる体に必須の脂質であり、そもそもコレステロールという物質そのものに善悪はありません。また、脂質はタンパク質とともに構成されたリポ蛋白に含まれて血液中を運搬されますが、リポ蛋白にはLDL(低比重リポ蛋白)やHDL(高比重リポ蛋白)などがあります。すなわち、それぞれのリポ蛋白に含まれるコレステロール自体は同じですが、それぞれのリポ蛋白のコレステロール量が血液検査でLDLコレステロール、HDL コレステロール濃度として測定され、脂質代謝異常の有無が判定されています。多くの疫学調査の結果、LDL コレステロール値が高い場合には心疾患による死亡や心筋梗塞など動脈硬化性疾患の発症が増加し(「悪い」)、逆にHDL コレステロール値は低い場合にその発症が増加する、すなわち、高いことが「善い」ことから、悪くするもの、善くするものとして対比してニックネームのように使われています。日常生活において動脈硬化性疾患を予防し、また適切な治療を行うために、“悪玉”なLDL コレステロールを減らし(過剰な肉や乳製品を避け、魚を摂る)、“善玉”なHDL コレステロールを増加させる(禁煙し、十分な運動を行い、肥満を解消する)ように努めることを提案してください。なお、日本における疫学的な研究からも、HDL コレステロールが極めて高値(80-100 mg/dL 以上)の場合は動脈硬化が増える可能性も指摘されており、「HDL コレステロールが高い」=「動脈硬化が少ない」とは限りません。
TC 値はFriedewald 式でLDL-C 値を算出したり、non-HDL-C 値を算出する場合に測定が必要です。現在はLDL-C は直接測定法での測定は可能ですが、現在までの多くの疫学研究や介入試験ではFriedewald の式で計算したLDL-C 値が用いられてきたという経緯があります。ただし、Friedewald の式は随時(非空腹時)検体やTG ≧400mg/dL では使用できません。随時検体またはTG 値が 400 mg/dL 以上の場合は、non-HDL-C(=TC-HDL-C)を用いることができます。脂質異常症診断基準の判定値と管理目標値は、それぞれ当該のLDL-C 判定値・目標値に 30 mg/dL を加えたものとしますが、TG ≧600 mg/dLの検体では正常のカイロミクロンやVLDL のコレステロールも多く含まれてくるため、non-HDL-C の評価の正確性は担保できなくなるので注意が必要です。TG 値とTC 値(またはnon-HDL-C 値)の両方が高値の症例の中には、レムナントリポ蛋白が増加し動脈硬化リスクが高いⅢ型高脂血症が潜んでいる可能性があり、TC値の測定は見逃し予防に重要です。Ⅲ型高脂血症の診断にはリポ蛋白分画やアポリポ蛋白の測定が有用です。
LDL-C 値を求める計算式(Friedewald の式)では、TC(mg/dL)からHDL-C(mg/dL)を引き、さらにTG(mg/dL)を5 で割った値を引いてLDL-C を算出します。TG 値を5 で割る理由はVLDL に含まれるコレステロールが、TG の5 分の1 (重量比)に相当するためです。ただし、この式はTG ≧400 mg/dL または随時検体では使用できません。TG が著明高値の場合はVLDL やカイロミクロンのコレステロールがTG の5 分の1 よりも少なくなり、LDL-C が実際の値よりも低く算出されます。このような場合は直接法が勧められます。
一方、我が国で開発された直接法(またはホモジニアス法)は、界面活性剤などでLDL 以外のリポ蛋白質を破壊するか、逆にこれらを保護することにより、LDL に含まれるコレステロールだけを測定する方法です。直接法は再現性が良く、空腹時でも随時でも測定できますが、LDL の組成が著しく正常と異なる場合には使用できません。例えば、①著明な低LDL-C 血症(<20 mg/dL)、②著明な高TG 血症(>1,000 mg/dL)、③著明な高HDL-C 血症(>120 mg/dL:LDL の組成も異常となるため)、④胆汁うっ滞性肝障害などがこれに相当します。このような場合は計算式を使うのがよいです。
non-HDL-C はTC からHDL-C を差し引いたものです。LDL に加え、レムナントリポ蛋白のコレステロールも含まれており、動脈硬化惹起性を反映する指標のひとつです。脂質異常症の診断は空腹時採血で行われ、LDL-C はFriedewald の式(F 式:TCHDL-C-TG/5)を用いて算出することを基本としますが、食後採血やTG が 400 mg/dL 以上の場合はF 式を用いることはできませんので、LDL-C 直接法でLDL-C を測定するか、non-HDL-C(TC-HDL-C)を用います。non-HDL-C は冠動脈疾患の発症・死亡を予測しうる有用な指標であり、170 mg/dL 以上を高non-HDL-C 血症、150~169 mg/dL を境界域non-HDL-C 血症と定義されています。リスク管理目標としても、先ずLDL-C の目標の達成を目指し、次にnon-HDL-C を動脈硬化惹起性のレムナントリポ蛋白増加の指標として捉えその目標達成を目指します。なお、LDL-C に+30 mg/dL がnon-HDL-C の値に相当しますが、高TG 血症を伴わない場合には+30 mg/dLよりは小さくなること、TG が 600 mg/dL を超えると、non-HDL-C 評価の正確性が担保されないことに留意してください。
HDL コレステロール(HDL-C)値の増減は冠動脈疾患の発症と関係し、従来からHDL-C 低値は冠動脈疾患発症リスクの増加につながり、逆にHDL-C 高値は冠動脈疾患発症リスクの低減につながると考えられてきました。そもそも、リポ蛋白であるHDL 粒子はコレステロールを動脈硬化プラークから引き抜くなどさまざまな機能があり、このためこのHDL 粒子が正常に働く場合には、HDL 粒子の数が多い結果としてのHDL-C 高値は動脈硬化を抑制し、逆に低値は動脈硬化を進行させることになります。しかしこのHDL の機能に異常があるときにはそうならないことが知られています。例えば、HDL によるコレステロールの引き抜き能力が低いとHDL-C の値によらず冠動脈疾患が増加することがわかっています。また、HDL の代謝に関連するSR-BIやCETP の機能低下は高HDL-C 血症を呈しますが、このような場合には動脈硬化プラークからコレステロールを引き抜く能力が低下しており冠動脈疾患は増加します。そして、逆に低HDL-C であっても、アポA-Ⅰ Milano の変異やLCAT 欠損症では冠動脈疾患が増加せずむしろ低下します。動脈硬化性疾患リスクの増減にはHDL-C の量により推定することが可能ですが、HDL 粒子の「質」としてのHDL 粒子の機能がより重要だと現在では考えられています。
極端な高HDL-C 血症では冠動脈疾患も死亡も増加することが報告されています。したがって、極端な高HDL-C 血症を呈する患者には非侵襲的検査を用いた動脈硬化の評価を検討します。頸動脈エコー、心臓CT などの検査で動脈硬化の所見が認められた場合には、HDL-C 以外の動脈硬化性疾患の危険因子である、LDL-C、non-HDL-C、糖尿病、高血圧、喫煙の管理をよりしっかり行う必要があります。薬物治療にあたってはスタチン以外に検討する薬剤としてプロブコールがあります。プロブコールにはHDL-C 低下作用があり、冠動脈疾患発症抑制効果を示した臨床試験もあるので、使用を考慮してもよいでしょう。ただし、QT 延長の副作用があるので、すでにQT 延長が確認されている場合や、QT 延長効果のある他の薬剤を併用する場合には注意が必要です。
HDL-C が 25 mg/dL 未満のような極端な低値の場合は、タンジール病、LCAT 欠損症、アポA-Ⅰ欠損症などの遺伝性低HDL 血症の可能性があります。その場合は専門家にご相談ください。低HDL-C 血症のうち、タンジール病、LCAT 欠損症は、2015年から指定難病になっており、医療費助成の対象となることがあります。ここまで極端な低値ではない場合は、2 次性の低HDL-C 血症が疑われます。低下をきたす原因として、外科手術後、肝障害(特に肝硬変や重症肝炎、回復期を含む)、全身性炎症性疾患の急性期(急性心筋梗塞を含む)、自己免疫疾患、過去6 か月以内にプロブコールの内服歴、特にフィブラートの併用(プロブコール服用中止後の処方も)がないか検索してください。喫煙、肥満、運動不足などでもHDL-C が低下することが知られています。これらの問題があれば、禁煙、減量、有酸素運動の励行をご指導ください。
今までは10時間以上の空腹時TG が 150 mg/dL を超える状態を高TG 血症と定義し、治療の必要性を検討していました。最新の研究でも空腹時のTG がこのレベルから心血管疾患の発症リスクが高くなることが示されています。一方、人間は空腹の時よりも非空腹の時間が長いため、非空腹時TG の高値が心血管疾患のリスクと関連するかどうかが注目されていましたが、多くの研究で非空腹時TG が高い場合もリスクが高くなることがわかってきました。そのため今回新たに随時採血で 175 mg/dL 以上を高TG 血症とする新しい基準値が追加されました。なお非空腹時ではなく「随時」となっているのは、空腹かどうか不明の場合も含むためです。治療目標値も空腹時のTG では 150 mg/dL 未満を、随時のTG では 175 mg/dL 未満を目指します。なお空腹時TG が基準値未満でも、随時では高TG 血症になる人もいます。そのため診療の経過で採血条件を変えてみて、食後高TG 血症がないかどうか確認することも必要です。
2017年版ガイドラインから、LDL-C とnon-HDL-C の診断基準に“境界域”の診断基準が設定されています。高LDL-C 血症の診断基準値は冠動脈疾患の発症リスクが2 倍以上になる 140 mg/dL 以上、これに対応する高non-HDL-C 血症の基準値として170mg/dL が設定されているのですが、LDL-C 値と動脈硬化性疾患の発症リスクの関係は連続的で、また、LDL-C 以外の危険因子との重複により動脈硬化性疾患の発症リスクは上昇します。そこで、他の危険因子の重複の影響を慎重に評価すべき境界域として、LDL-C 120~139 mg/dL、non-HDL-C 150~169 mg/dL が設定されました。健診や日常臨床でのスクリーニング検査で境界域の値を示す場合には、管理目標値がLDL-C120 mg/dL(non-HDL-C 150 mg/dL)未満である糖尿病や慢性腎臓病、末梢動脈疾患などの高リスク病態の合併がないか検討し、治療の必要性を考慮してください。
動脈硬化巣のプラーク内部にはコレステロールが沈着し、このコレステロールの多くはLDL に由来するものであることが判明しています。また血液中のLDL-C を低下させることで動脈硬化性疾患が減少することも確認されています。このように、さまざまなリポ蛋白のうちLDL に含まれるコレステロールが、動脈硬化と密接に関係します。日本人には、HDL-C が高値の人も少なくないため、TC が高くてもLDL-C は正常である人がしばしば認められます。したがって動脈硬化を的確に予防するためには、TC よりもLDL-C に注目する必要があります。動脈硬化のリスクが高く、真に治療を必要とする人たちを正確に識別するためにも、LDL-C に注目する必要があるわけです。
コレステロールが低い方ががんや脳卒中(特に脳出血)の死亡率が高いという結果が、時々、ニュースなどで取り上げられることがあります。主な論調は、日本人ではコレステロールが低い方が死亡率が高く、コレステロールが高い方がむしろ長生きだというものが多いようです。実は、外国の研究でもコレステロールが低いといろいろな病気の死亡率が高くなることが20年以上前から報告されていて、これは別に日本人特有の現象ではありません。そしてその多くは追跡調査における「見かけ上の関係」に過ぎないという結論になっています。
例えばがんと低コレステロールの関連については、採血した時に本人が気づかないうちにかかっているがんの影響で、コレステロールが低くなっている可能性が指摘されています。つまり低コレステロール血症でがんになるのではなく、がんがあるからコレステロールが下がっているわけです。また原発性肝臓がんの前病変として肝硬変があることはよく知られていますが、肝硬変ではコレステロールの合成低下を伴うため、あたかも低コレステロール血症が原因で肝臓がんになったように見えてしまいます。さらに低コレステロールと肺がんの関連は喫煙者でのみで観察されることが多く、これも喫煙に伴う慢性閉塞性肺疾患のためにコレステロールが低下していると考えられています。
一方、スタチンなど薬剤を用いてコレステロールを下げた場合にがんが増えたという結果は報告されていません。しかしながら、投薬後、予想よりもコレステロール値の低下が非常に大きい場合などは、がんなど消耗性疾患が隠れている可能性を考慮して検査する必要があります。
また、脳出血と低コレステロール血症については、低栄養で脳血管が脆弱になっていることが原因と考えられてきました。しかしながら高コレステロール血症およびコレステロール値が正常の患者さんにおいてスタチン等の薬剤でコレステロール値を下げた場合に脳出血が増加するという明らかなエビデンスはなく、通常の治療の範囲内では心配しなくて良いと思われます。仮に低コレステロール血症が脳出血の危険因子だとしても、正常血圧者の脳出血のリスクは非常に小さいため、血圧管理をきちんと行えば特に心配はないと考えられます。プライマリケアの現場では、コレステロールが低いことではなく、低くなっていくこと(これはがんなどコレステロールが低下していく病気の存在を疑わせる)に留意する、そして血圧の管理をきちんと行うことが現実的な対処法です。
血清中のTG 値は食事内容や食後時間によって大きく変動します。それゆえ、食後の採血ではTG 値が空腹時よりも上昇して脂質異常症の診断が困難になるため、長らく空腹時のTG 値での評価がなされてきました。しかし、人におけるさまざまな疫学研究や脂肪負荷試験の結果から、食後に血清TG 値が異常に上昇し、そのピークが遅延・遷延する食後高脂血症(あるいは食後高TG 血症)では、動脈硬化性疾患と関連することがわかっています。そのため、動脈硬化性疾患予防ガイドライン2022年版では、脂質異常症診断基準に随時(非空腹時)TG 値 175 mg/dL 以上が加わりました。
さて、食後高脂血症の確実な評価法としては、あらかじめ定められた量の脂質や糖質を含む検査食を摂取し、その後経時的に採血を行う脂肪負荷試験が広く用いられています。カナダでの検討では、一般の人々では食後2-3時間のTG 値は空腹時と比べ平均で20-30 mg/dL 程度上昇していることが確認されています。また、食後には、TGを多く含み動脈硬化プラークの原因となるレムナントリポ蛋白が増加しますが、特に小腸由来のカイロミクロンレムナントが増加します。このカイロミクロンレムナント1 粒子に1 個含まれるアポリポ蛋白B-48 濃度は食後に上昇するだけでなく、空腹時の値の高値が食後高脂血症と関連することも報告されています。
レムナントの評価には、レムナントコレステロール(RLP-C あるいはRemL-C)の測定が可能です。非空腹時のnon-HDL-C(=TC-HDL-C)は、LDL-C とレムナントコレステロールのいずれの上昇によっても増加する指標なので、LDL-C が基準範囲である時にnon-HDL-C が増加している症例ではレムナントが増加していると評価できます。これらの測定を組み合わせて食後高脂血症の存在を判断いただくことが動脈硬化性疾患のリスクの評価に有用です。
LDL は密度 1.019~1.063 g/mL に分布し、粒子平均径は 20~26 nm といわれていますが、small dense LDL(sd LDL)はLDL の中でも直径が小さく、密度が高い粒子に相当します。一般的には直径 25.5 nm 以下のLDL 粒子で、比重は 1.044~1.063g/mL に分布しています。
臨床的には、2 ~16%ポリアクリルアミド・グラジエントゲルを用いた電気泳動(PAGE)によるLDL 粒子の移動度から、sd LDL の出現を判定します。簡易的には3 %ポリアクリルアミドゲル(単一濃度)を用いて判定できます。後者では、VLDLのピークからHDL のピークまでの距離=a、LDL までの距離=b とし、b/a(基準値:<0.4)が大きければsd LDL と判定します。 ポリアクリルアミドディスクゲル電気泳動法を用いた測定はリポ蛋白分画(PAGディスク電気泳動法)として保険診療上認められている方法ですが、国際的にはグラジエントゲルを用いた電気泳動による方法が認知されています。2017年8 月には、直接法による定量法がsd LDL-C として米国食品医薬品局(FDA)に承認されました。その後わが国では、sd LDL-C 測定試薬が2021年10月に体外診断用医薬品として製造販売承認が取得され、近い将来に保険承認が期待されます。
sd LDL の出現は耐糖能異常に伴う高TG 血症や内臓脂肪の蓄積したメタボリックシンドロームで高頻度に認めます。血清脂質値が異常を示さない例(正脂血症例)でも耐糖能異常があればsd LDL を認めることがよくあります。したがって、sd LDLを減ずるためにはその原因である耐糖能異常、高TG 血症や内臓脂肪蓄積を是正することでsd LDL が減少すると考えられます。
レムナントは小腸由来のカイロミクロンや肝臓由来のVLDL などのTG に富むリポ蛋白が、血中でリポ蛋白リパーゼの作用により変化した中間代謝産物です。レムナントはLDL と同様に動脈硬化惹起性であり、Ⅲ型高脂血症、家族性複合型高脂血症、糖尿病性高TG 血症、メタボリックシンドローム、慢性腎臓病などで増加しており、これら疾患の動脈硬化性疾患発症の増加に関与していると考えられます。
レムナントの血中での増加は、従来リポ蛋白電気泳動でのbroad βパターンやミッドバンドの出現にて判定していましたが、現在、血中レムナント濃度を反映するレムナント様リポ蛋白コレステロール測定による定量的評価(RLP-C あるいはRemL-C)が可能です。また、リポ蛋白分画(HPLC 法)を用いた場合、中間比重リポ蛋白(IDL)コレステロールがLDL やVLDL などのコレステロール濃度とともに同時に測定できます。欧米で測定されているレムナントコレステロールは、non-HDL-C からLDL-C(直接法)を引いて算出されています。
高レムナント血症の治療には生活習慣改善が基本ですが、薬剤としてはフィブラート系薬、n-3 系多価不飽和脂肪酸やニコチン酸誘導体などが有用です。また、スタチンやエゼチミブにもレムナント低下効果があり、特に高LDL-C 血症合併例には有用です。レムナントの高い患者さんでは耐糖能障害や高血圧などをしばしば合併するため、動脈硬化性疾患予防の観点から、それらの管理も重要です。
リポ蛋白(a)[Lp(a)]は、LDL 粒子のアポリポ蛋白B-100 にアポ(a)がジスルフィド結合したリポ蛋白です。アポ(a)は血液線溶系のプラスミノゲンと相同性が高く、クリングルⅣという環状分子構造の繰り返し数が個人個人で異なるため、分子量を含む表現型も人それぞれであり、概して大分子量であるほどLp(a)濃度は低いと考えられています。血中Lp(a)濃度は腎不全やホルモンの影響などにより多少変化しますが、濃度の90%程度は遺伝的に規定されています。また人種差も報告されています。
Lp(a)の基準値は本来アポ(a)の表現型により個別に決めるべきと考えられていますが、一般的に高Lp(a)血症の定義は 30 mg/dL 以上または 50 mg/dL 以上とされています。現在までにLp(a)濃度が高いと冠動脈疾患(CAD)のリスクが上昇することが多数報告されていますし、ニコチン酸誘導体やエストロゲンやPCSK9 阻害薬にはLp(a)濃度を低下させる効果があることも報告されています。しかし、Lp(a)濃度を下げることによりCAD のリスクが低下したという直接的なエビデンスはまだありません。
以上から現時点では、Lp(a)濃度が 30 mg/dL を超える症例はCAD の高リスク患者と考え、LDL-C 値をはじめとした介入可能な危険因子の管理をより厳格に行う、あるいはLDL-C 管理目標値を低く設定するなどの対応を行うのがよいと考えます。現在、Lp(a)を著明に低下させる核酸医薬や低分子薬の開発が進められており、Lp(a)を低下させると動脈硬化性疾患を予防できるか検討する臨床試験の結果が待たれるところです。
吹田スコアは10年以内の冠動脈疾患(急性心筋梗塞や狭心症)の発症確率を予測する有用な予測ツールです。一方、欧米の同様の予測ツールでは、冠動脈疾患と脳卒中を合わせた心血管疾患の発症確率を予測するものが主流となっています。わが国でも久山町の2018年公表のスコア、吹田研究の新しいスコア(2020年)など心血管疾患を予測するツールが公表されています。しかし脳卒中は、脳内出血、くも膜下出血、脳梗塞というタイプがあり、さらに脳梗塞は心原性塞栓、ラクナ梗塞、アテローム血栓性梗塞というタイプに分かれます。なお現在、日本では、出血性脳卒中(脳内出血、くも膜下出血)、心原性塞栓、ラクナ梗塞、アテローム血栓性梗塞の発症数はほぼ同数で、各25%程度ずつと考えられます。このうちその発症が脂質異常症(高LDL-C 血症)と正の関連を認めるのは、冠動脈疾患と病理学的に同じ粥状硬化を示すアテローム血栓性梗塞だけです。欧米ではもともと冠動脈疾患が多い上、脳卒中の中でもアテローム血栓性梗塞が多いと考えられるため、冠動脈疾患と脳卒中をひとまとめにしてもあまり問題はありませんでした。ところが日本の場合、脳卒中が多い上、その4 分の1 しか高LDL-C と関連しないため、ひとまとめにすると脂質管理目標の設定が困難になります。そのような中、冠動脈疾患とアテローム血栓性梗塞を合わせた真の動脈硬化性疾患を予測するスコアとして久山町研究の最新スコア(2022年、早期公開は2021年)が公表されました。そのため今回はこのスコアを絶対リスク評価に用いることになりました。
多くのコホート試験でTG は冠動脈疾患の危険因子と報告されています。一方、単相関では認められていた冠動脈疾患との関連が、多変量解析をすると消えてしまうという研究もあります。TG とHDL-C は、代謝上、耐糖能異常や肥満と関連が強い同じ系統の指標であり、通常は血中で逆相関関係にあります。これらは逆相関を示す同じ系統の指標として統計モデルでは扱われます。そのため統計モデルで予測指標としTG とHDL-C を同時に入れると、統計量の特性として分散が小さいHDL-C の方が採択されてTG が残らないと推測されます。しかしながら治療を行う際の脂質管理目標値の優先順位は、LDL-C →(non-HDL-C)→ TG → HDL-C となっていてHDL-C よりTG が優先となります。これは低HDL-C に対する特異的な治療薬がないこともありますが、血清脂質値と冠動脈疾患との関連性について遺伝子多型を利用して調べるメンデルランダム化解析という手法でも、LDL-C とTG は真の危険因子として残り、HDL-C は単なるバイオマーカーと結論づけられていることも一つの理由です。今後、HDL-C の機能評価や機能をターゲットにした薬剤などの研究が進めば変わるかもしれませんが、現状では、予測のHDL-C、治療ターゲットのTG と考えてください。
久山町スコアは、脂質異常症と高血圧に対する服薬治療中の情報は特に考慮して作成されていません。ただし、追跡開始時に脳卒中、心筋梗塞の既往がある方は分析から除かれています。今回のスコアの元になった久山町研究のベースライン調査時(1988年)はスタチンがない時代の調査で、脂質低下療法も一般的でありませんでした。また参加者の14%は降圧剤を服用していましたが、降圧剤の服用は最終予測モデルには残りませんでした。しかしながら、例えば治療中で収縮期血圧が 140 mmHg になった人と非治療で 140 mmHg の人を比べると、一般的には前者のほうが高血圧の罹病歴も長く非薬物的にコントロールができないため服薬に至ったと考えるのが自然です。したがって同じ血圧レベルの場合は治療中のほうが非治療中よりも絶対リスクは高いと考えられます。実際にフラミンガムスコアでは治療中の場合、同じ血圧レベルでもスコアに1 ポイントを加算するようになっています。しかしながら日本人集団では、服薬によってどの程度、心血管疾患の絶対リスクの予測値が影響を受けるのかということに関する確固としたエビデンスはありません。したがって治療中でもそのままリスクスコアを用いることになりますが、治療中の場合、同じ値の非治療者よりも少しリスクが高い可能性を考慮して血圧管理は厳重に行ってください。これは脂質異常症治療薬服用中の場合も同様です。なおリスクスコアは、あくまでも観察研究からの予測値ですので、危険因子を改善してもその値で再計算して求めたレベルまで絶対リスクが下がるわけではありません。患者さんの危険因子管理への動機付けに使うのは構いませんが、実際の治療による予防効果は臨床試験の結果を参照してください。
今回のスコアの変更に際して、吹田スコアと久山町スコアでどの程度分類が変わるかを検証しています。その結果、ほぼ70%の人は同じ分類になること、リスク評価の区分が2 段階変わる人(低リスクが高リスクになるなど)は1 人もいないことは確認されています。吹田研究は1989~1994 年の大阪府吹田市民、久山町研究は1988年の福岡県久山町の町民を対象としており、ほぼ同時期の調査です。また降圧薬の服用率はほぼ同じ、また両方ともスタチンがほぼ入っていない集団(久山は0 で吹田は2 %以下)となります。大きな違いは、久山町スコアの予測には冠動脈疾患にアテローム血栓性脳梗塞が上乗せされていること、吹田研究の方が都市部なので冠動脈疾患の発症率が高いことになります。リスク区分の変更はこのような差が微妙に関係していますが、区分が変わる大多数の方は区分の境界域付近に位置していた方と思われます。迷う場合も多いかもしれませんが、絶対リスクは危険因子レベルが同じであれば年齢ととともに高くなります。なので吹田スコアで高リスク、久山町リスクで中リスクとなった場合は、基本的には高リスクとして治療方針を継続されるのが安全かと思います。残念ながら発症率を予測するオールジャパンのスコアはまだないので、どうしても疫学研究を行った地域集団の特性に引っ張られることがあることはご了承ください。
アテローム血栓性脳梗塞以外の脳梗塞(心原性脳塞栓症、ラクナ梗塞、原因不明の脳梗塞等)でも、明らかなアテローム硬化病変(内頸動脈や頭蓋内動脈の50%以上の狭窄および大動脈複合粥腫病変)を伴えば、再発リスクが高く、厳格な脂質管理が推奨されます。アテローム血栓性脳梗塞は脳梗塞を発症した領域へ潅流する責任動脈に50%以上の有意な狭窄を有するものです。しかし、ラクナ梗塞、心原性脳塞栓症でも頸動脈超音波検査で頸動脈分岐部に50%以上の狭窄を呈するアテロームプラークを認める症例も頻繁にみられ、そのような症例ではアテローム硬化の要因も強いため再発予防には厳格な脂質管理が推奨されます。
脳梗塞の診断は、新たに生じた神経症状(片麻痺、言語障害、感覚障害、視野障害、運動失調等)とそれを説明しうる新規脳梗塞病変(通常はMRI 拡散強調で診断されます)の確認から始まります。アテローム血栓性脳梗塞は脳梗塞を発症した領域へ潅流する責任動脈に50%以上の有意な狭窄を有する場合に診断されます。通常、脳MR 血管撮影、頸動脈超音波検査、頸動脈MRA、CT 血管造影等で、脳動脈病変の精査が行われます。アテローム血栓性脳梗塞の責任血管として重要なのは、頭蓋外では頸動脈分岐部、鎖骨下動脈からの分岐した椎骨動脈起始部、頭蓋内では内頸動脈サイフォン部、中大脳動脈起始部、脳底動脈、後大脳動脈起始部です。頭蓋外の血管病変の評価には、頸動脈超音波検査が非常に有用です。頭蓋内動脈病変の診断には、造影剤を使用しないMR 血管撮影がまず行われることが多いですが、より精査が必要な場合は造影剤を用いたCT 血管造影が頭蓋内外の動脈病変の診断に用いられます。
FH を合併するアテローム血栓性脳梗塞および明らかなアテローム硬化病変を伴うその他の脳梗塞では、二次予防の基準に準じてLDL-C の管理目標値は 70 mg/dl 未満が妥当です。糖尿病合併のアテローム血栓性脳梗塞の管理目標値も 70 mg/dl 未満が推奨されます。
動脈硬化性病変は、多くの危険因子が関与して、若年期から徐々に進展します。久山町スコアでは、動脈硬化の最終形である冠動脈疾患あるいはアテローム血栓性脳梗塞のイベントが、今後10年の間に生じる確率(絶対リスク)を評価するわけですが、若年者では高齢者よりもイベント発症の素地となる動脈硬化の進展は少ないので、当然ながら絶対リスクは低くなり、40歳未満の方は久山町スコアでは対象外となっています。しかし、若年者でも危険因子の累積は動脈硬化を確実に進展させるので、若年期からの動脈硬化進展抑制対策・指導は重要です。その際に客観的に用いることができる指標として相対リスクがあります。久山町スコアのアプリでは、絶対リスクとともに相対リスクも表示されます。40歳未満の方は久山町スコアの対象外であり、また動脈硬化の進展とイベント発症は同一ではないで正確とは言えませんが、40歳未満の対象者であっても年齢の項は40歳としていただき、年齢以外の因子(性、収縮期血圧、LDL-C 値、HDL-C 値、喫煙の有無、糖代謝異常の有無)を入力すれば、同世代の危険因子のない方と比べてどれくらい動脈硬化が進展しやすいのか、の相対リスクをある程度予測することが可能です。若年者ではfirst step として生活習慣改善による包括的リスク管理を開始するわけですが、相対リスクの値を用いることでリスクが高いことを客観的に示すことができ、単にリスクが高いと説明するよりも患者の動機付けやアドヒアランス向上に役立つと考えられるので、ご活用ください。もちろんLDL-C 180mg/dL 以上の方の場合は家族性高コレステロール血症の可能性についての検討は必要ですし、頸動脈エコーなどの検査で動脈硬化性病変を認めた場合は主治医の判断で薬物療法も考慮してください。
80歳以上の高齢者(一次予防)は、動脈硬化性疾患のリスクが極めて高い状態ですが、動脈硬化性疾患以外にも生命予後に影響する複数の病態が併存しているケースが多いです。それゆえ、動脈硬化性疾患予防によるメリットがあるか否かについて、高齢者総合的機能評価などの評価も行いながら、個々の症例において検討し対応する必要があります。加齢とともに身体機能・認知機能の多様性が大きくなり、要介護状態の方が増加する一方、80歳以上でもフレイルでなく、糖尿病などのハイリスクな病態を持つ高齢者もいます。それゆえ、高齢者に対しての一律の基準を設定するのは困難です。しかしながら、予防による生命予後改善効果が期待される場合には、低栄養・フレイル対策を講じながら脂質管理を行うことを考慮するのが良いと考えられます。今回のガイドラインでは、『高齢者においてスタチン治療で冠動脈疾患の二次予防効果が期待できる』、また『75歳以上高齢者の高LDL-C 血症において冠動脈疾患や脳卒中の一次予防を目的とした脂質低下治療が提案できる』とされています。しかしながら、脂質管理を行う上で、厳格な食事療法はかえって栄養状態の悪化を招くことがあるため、減量を目指した厳格な食事療法は高度肥満により生活機能に支障を来している症例以外は控えるべきです。また薬物治療を検討する場合には、薬物代謝能力の低下、多剤投与による薬物相互作用、ポリファーマシーに留意して、脂質異常症治療薬を選択することが必要です。個々の症例に対応したきめ細かな対応が求められます。
糖尿病は動脈硬化性疾患の高リスク病態であるため、以前より一次予防糖尿病患者は高リスクに分類され、LDL-C 管理目標値は一律 120 mg/dL 未満に設定されていました。しかし、同じ一次予防の糖尿病の患者でも、発症間もない方から長期の経過で合併症が出現している方まで様々な状態の患者が混在しており、また他にもリスクとなる病態・状態を有する方もあり、それに応じて動脈硬化性疾患発症リスクが大きく異なることが、これまでの研究報告の解析でわかりました。また、それらの患者でより厳しくLDL-C を管理することでイベント抑制効果が期待できることから、リスクがより高い病態・状態の患者においては、LDL-C 管理目標値を一段階厳しい 100 mg/ dL 未満と新たに設定しました。
一方、冠動脈疾患二次予防の糖尿病患者では、LDL-C 管理目標値は 100 mg/dL 未満とされ、その中で特に高リスク病態の合併例では 70 mg/dL 未満の管理が推奨されていました。しかし、二次予防糖尿病患者に対しては、より積極的なLDL-C 低下の有効性を示す国内外のエビデンスが増えてきたこと、そして糖尿病で冠動脈疾患を発症する患者のほとんどが前回のガイドラインで 70 mg/dL 未満の管理となる患者群であることから、これまでのLDL-C 管理目標値の層別化をなくし、一律に 70 mg/dL 未満の目標値が推奨されることになりました。
頸動脈エコーは、動脈硬化度を簡便かつ非侵襲的に評価することができ、動脈硬化を疑う患者さんに広く推奨される検査法です。また、頭蓋内動脈や冠動脈の動脈硬化性変化を予測する検査としても臨床応用されています。
頸動脈エコーで行う動脈硬化の評価項目としては、内中膜厚(IMT:Intima-MediaThickness)とプラーク(1.1 mm 以上の限局性肥厚性病変)の有無、狭窄の有無などがあります。IMT は年齢とともに増厚することがわかっており、プラークの評価としては、1.5 mm を超えるとプラーク厚、性状評価を行います。狭窄度については、収縮期最大血流速度(PSV:Peak Systolic Velocity)を計測し、200~230 cm/s 以上で有意狭窄ありと判断します。
動脈硬化は一般的には急速に進行するものではありませんので、異常がない場合は数年に1 回程度、プラークやIMT 肥厚を認めた場合は1 年から2 年に1 回程度の検査が妥当な頻度と思われます。ただし、狭窄病変や可動性プラーク、潰瘍病変、低輝度プラークなど、よりリスクの高い異常所見を認めた場合は、3 ~ 6 か月といった、より短期間での再検査が必要となります。
LDL-C 値との関連については、プラークやIMT 肥厚を認める患者を対象にして、心血管イベント発症を前向きに研究した十分な報告がないのが実情です。そのため、IMT肥厚やプラークが存在するからといってこれらの患者さんをすべて高リスク病態と設定することができません。基本的には冠動脈疾患やアテローム血栓性脳梗塞、末梢動脈疾患の有無および、糖尿病や慢性腎臓病などの合併を確認して、LDL-C管理目標設定のためのフローチャート、リスク区分別脂質管理目標値に合わせて数値設定してください。
動脈硬化性疾患の既往を有さない日本人一般集団において冠動脈CT による狭窄所見や冠動脈石灰化スコアが古典的危険因子の集積を超えた循環器疾患発症予測能があるかを検討した報告は見出されていません。しかしながら最近の欧米のガイドラインでは、冠動脈石灰化スコアや冠動脈CT による画像診断をもちいて動脈硬化性疾患リスクを評価し、LDL-C 管理目標値を設定しています。日本循環器病学会の慢性冠動脈疾患診断ガイドラインでも、このような場合の治療方針決定のために心筋虚血の精査が必要としています。
対応としては、まず虚血を引き起こすまでに至っていない無症状のケースなのか、あるいは虚血があるものの自覚されていない無痛性虚血のケースなのかの診断が必要です。そして治療方針として、虚血がない場合は「リスク区分別脂質管理目標値」の高リスク状態に相当するとしてLDL-C の目標値の設定を 120 mg/dL 未満(糖尿病で末梢動脈疾患や細小血管症を合併、または喫煙ありの場合は 100 mg/dL 未満)とし、虚血がある場合は二次予防に相当する病態として 100 mg/dL 未満(糖尿病がある場合などは 70 mg/dL 未満)とするのがよいです。高齢者では、例えば呼吸器疾患の精査で胸部CT を撮影した時に冠動脈石灰化を認める患者も多いです。従って、糖尿病の合併症なども含めた動脈硬化性疾患リスクの評価と虚血の有無を検索して、管理目標値を決定してください。
糖質は炭水化物のうち、体内で消化・吸収されてエネルギーとなるものを指します。炭水化物には、このようにエネルギーになる糖質と、ヒトの消化酵素では消化されずほとんどエネルギーにならない食物繊維があります。炭水化物とは単糖あるいはそれを最小構成単位とする重合体です。炭水化物はヒトの消化酵素で消化できる易消化性炭水化物と消化できない難消化性炭水化物に分類できます。易消化性炭水化物は糖質で構成され、糖類[単糖:ブドウ糖(グルコース)、ガラクトース、果糖(フルクトース)、二糖類:ショ糖(砂糖)、ラクトース、マルトース、糖アルコール:ソルビトール、マンニトール、キシリトール、多糖類:でんぷん、デキストリン、オリゴ糖(マルトオリゴ糖:マルトデキストリン)]を含みます。糖質は 4 kcal/g のエネルギーを産生し様々な臓器で利用されます。糖質の中で果糖(フルクトース)、ショ糖(砂糖)は食後高脂血症を悪化させることが知られており、高TG 血症の場合は摂りすぎに注意が必要です。難消化性炭水化物には食物繊維が含まれます。食物繊維は水に溶ける水溶性食物繊維(ペクチン・グルコマンナン・アルギン酸・アガロース・アガロペクチン・カラギーナン・ポリデキストロースなど)と水に溶けない不溶性食物繊維(セルロース・ヘミセルロース・キチン・キトサンなど)に大別できます。水溶性食物繊維は小腸での栄養素の吸収を緩やかにし、食後血糖値上昇を抑え、コレステロールを吸着し、体外に排出促進させ血中コレステロール値を低下させます。一方、不溶性食物繊維は水分を吸収し便容積を増やし大腸を刺激して排便を促します。食物繊維摂取量は心筋梗塞の発症及び死亡、脳卒中の発症など数多くの疾患と有意な負の相関が報告されています。日本人の食事摂取基準2020年版では、食物繊維の目標量を、18.9(g/日)×[性別及び年齢区分ごとの参照体重(kg)÷58.3(kg)]0.75としています。動脈硬化性疾患予防ガイドラインでは動脈硬化性疾患予防のための目標値として、食物繊維25 g/日、と設定しています。
総エネルギー摂取量の適正化は、適正な体重の維持と動脈硬化性疾患の予防のために推奨され、総エネルギー摂取量は目標とする体重に基づいて計算されます。
炭水化物、脂肪、たんぱく質などのエネルギー産生栄養素のバランスは様々な疾患を視野に入れつつ、最大公約数的なものを基準としています。現在、わが国における健常人の栄養素の総エネルギーに対する比率は、平均摂取量や死亡率などに基づいて、脂肪20〜25% E、炭水化物50〜60% E が推奨されています。
特定の栄養素摂取比率が特定の疾患に有効とする十分なエビデンスはありませんが、動脈硬化性疾患の予防のためには脂肪エネルギー比率、慢性腎臓病や高齢者ではたんぱく質エネルギー比率、糖尿病では炭水化物エネルギー比率、肥満症では総エネルギー摂取量などが重要視されており、それぞれの関連学会のガイドラインで推奨基準が設定されています。低脂肪食は高脂肪食に比較して有意なTC、LDL-C の低下を認めたとする報告があり動脈硬化性疾患の予防のために有用な可能性があります。一方、近年、低炭水化物食については、体重減少に短期的には効果的であると述べられていますが、1 年後の体重減少効果は低炭水化物食と低脂肪食の間に有意差を認めていません。また、炭水化物を減らすことで増加したたんぱく質は慢性腎臓病への、増加した脂質は動脈硬化性疾患への影響が報告されており、症例によって適切に対応する必要があります。
総エネルギー摂取量の適正化、エネルギー産生栄養素の配分バランスの適正化(炭水化物50~60%、脂肪20~25%、残りがたんぱく質)は共通する食事療法の基本です。しかしながら、総エネルギー摂取量の適正な制限のもとでは、低炭水化物食は低脂肪食より有意にTG 値の低下を認め、低脂肪食は有意にLDL-C 値を低下させます。飽和脂肪酸やコレステロールの摂取を制限するとLDL-C 値は低下しますが、飽和脂肪酸を減らして多価不飽和脂肪酸に置き換えてもLDL-C 値が低下します。一方、不飽和脂肪酸のなかでもトランス脂肪酸はLDL-C 値を高めるので注意が必要です。LDL-C 高値の場合は、具体的には動物性脂肪や乳製品、臓物類、卵類などを減らすようにします。
TG に関しては、魚油などに多いn-3系多価不飽和脂肪酸の摂取はTG 値を低下させます。TG 高値(空腹時TG が 500 mg/dL以上)でカイロミクロンの著明な増加を伴う場合には脂肪摂取の制限が有効ですが、VLDL やレムナントの増加を伴う場合には脂肪摂取量の適正化に加えて、糖質とアルコールの制限も有効です。野菜や海藻、大豆製品などの摂取はいずれにも有効ですが、特に食物繊維はLDL-C 値の低下に有用です。
1900年代後半のコホート研究では、コレステロール摂取量と冠動脈疾患発症リスクあるいは総死亡リスクの関連は一定していませんでした。しかし最近ではコレステロールまたは卵の摂取量の増加が心血管疾患発症および総死亡リスク上昇と用量依存的に関連することが米国から報告され、メタ解析でも鶏卵摂取と心血管疾患発症は用量依存的に有意に関連することが報告されています。また食事性コレステロールは血清脂質に影響を及ぼさないとする報告がある一方、コレステロール摂取制限を行った試験のメタ解析では、コレステロール摂取量の増加はLDL-C の上昇と関連することが示されています。このように報告によりやや結果が異なるのは、コレステロールを含む食品は飽和脂肪酸(SFA)も含むことが多いこと(例外は卵とエビ)、コレステロールの吸収率が個人によって大きく異なること、コレステロールは全身で合成され、肝臓での合成は10%程度ながら血清リポ蛋白の70%程度を調節していることなどにより、コレステロール摂取量が血清脂質に及ぼす影響は複合的で個人差があることが原因であると考えられています。ただし、糖尿病患者においては、鶏卵の摂取が多い群で心血管疾患、特に冠動脈疾患の発症または死亡が増加することが数多く報告されていますし、日本人の食事摂取基準2020年版でも、「脂質異常症の重症化予防の目的からは、200mg/日未満に止めることが望ましい」とされています。それゆえ、高LDL-C 血症患者においては、LDL-C を低下させるためにコレステロール 200 mg/日未満にすることが推奨されます。高LDL-C 血症を呈していない人でも、コレステロール摂取量が増加すればLDL-C が上昇することは明らかであり、少なめに抑えることが望ましいです。
以上、血清LDL-C を低下させるには、飽和脂肪酸とコレステロールの制限が効果的であり、診療ガイド2023年版の図9-2、図9-3を参考にして、卵類(特に鶏卵卵黄、魚類の臓物や鶏の皮、飽和脂肪酸を多く含む食用油や菓子類、乳製品、揚げ物の過剰摂取は控えるように指導しましょう。
脂肪酸は、炭素―炭素間の二重結合を含まない飽和脂肪酸(SFA:saturated fattyacid)、二重結合を1 つ持つ一価不飽和脂肪酸(MUFA:monounsaturated fattyacid)、二重結合を2 つ以上持つ多価不飽和脂肪酸(PUFA:polyunsaturated fattyacid)に分けられます。さらにPUFA は二重結合がメチル基末端の炭素原子から数えて3 番目の炭素に最初の二重結合をもつn-3 系PUFA と、6 番目の炭素に最初の二重結合をもつn-6 系PUFA に分類されます。なお狭義の必須脂肪酸は人体内で合成されないリノール酸とα-リノレン酸ですが、広義には、これらから体内で合成されるものの妊婦や小児、高齢者で不足しがちなn-3 系PUFA であるエイコサペンタエン酸(EPA)、ドコサヘキサエン酸(DHA)、n-6 系PUFA のγリノレン酸やアラキドン酸も含まれます。
トランス脂肪酸とは、二重結合を持つ脂肪酸で、二重結合を境目にして水素原子が同方向にある場合にシス型、反対型にある場合をトランス型と呼びます。トランス脂肪酸には天然に存在するもの(牛肉や羊肉、牛乳および乳製品など)と、工業的に油脂を加工(水素添加)して生成するもの、および精製(脱臭または高熱処理)の過程で生じるものがあります。水素添加によるものはハードマーガリン、ファットスプレッド、ショートニングに使われますし、これらを用いた揚げ物や菓子などに含まれます。また植物油を精製したサラダ油などにも含まれます。今のところ、乳製品などの天然由来のトランス脂肪酸を工業的に生成されたものと同様に扱うべきかどうかについてのコンセンサスは得られていません。
植物油のうち、市販の菓子類などに用いられているやし油(ココナッツオイル)とパーム核油は飽和脂肪酸が約80%を占めています。オリーブ油と高オレイン酸紅花油は一価不飽和脂肪酸が70%以上を占め、多価不飽和脂肪酸が7 ~15%と少ない油です。綿実油、大豆油、とうもろこし油は、n-6 系多価不飽和脂肪酸が約50%を占めます。また、亜麻仁油、えごま油は、n-3 系多価不飽和脂肪酸(α-リノレン酸)が55~60%を占めます。市販の調合サラダ油は2 種類以上の植物油を混合しており、バランスが取れたものが多いです。LDL-C の高い方では飽和脂肪酸に偏らないように、また総エネルギー摂取量過剰の方では1 日の許容量内で、図を参考にして味や料理の種類に合せていろいろな植物油を使ってください。油は大さじ1 杯(12 g)で約100 kcal とエネルギーが多いので、体によいといわれている植物油をふりかけて使うときも、使い過ぎないようにしてください。また新鮮な状態で摂取するために、少量で購入しましょう。
トランス脂肪酸摂取量は総死亡リスクおよび心血管疾患死亡リスクの上昇と関連しています。日本人では、メタボリックシンドローム患者および若年の冠動脈疾患患者で、工業由来のトランス脂肪酸であるエライジン酸血中濃度が高かったという研究があり、また冠動脈疾患患者では、エライジン酸血中濃度は不安定プラーク出現の独立した危険因子であるという報告があります。トランス脂肪酸はLDL-C を上昇させ、Lp(a)を上昇させ、HDL-C を低下させます。一方、統計的にトランス脂肪酸を含む植物油をMUFA もしくはPUFA に置換した場合にTC、LDL-C、TG の有意な低下とHDL-Cの上昇、さらに冠動脈疾患リスクの低下が示されています。よってトランス脂肪酸の摂取は控えた方がよいでしょう。
欧米をはじめアジア諸国でも食品のトランス脂肪酸含有量の表示が義務化され、その摂取制限が推奨されています。日本人のトランス脂肪酸摂取量は、1 日1 人当たり総エネルギー摂取量の0.44-0.47%とされ、WHO の目標(総エネルギー摂取量の1 %未満)を下回っています。脂質の多い菓子類の食べ過ぎなど偏った食事をすると上記のトランス脂肪酸の制限量を超える摂取量となる可能性があるので注意が必要です。
日本食パターン(Japanese dietary pattern, Japanese food intake pattern)という語は、複数の疫学研究で対象集団の実態から抽出された食事パターン(食品や料理の組み合わせ、頻度、食べ方など)の特徴を説明する言葉であり、したがって使われ方は様々です。日本動脈硬化学会は「肉の脂身や動物脂(牛脂、ラード、バター)、加工肉を控え、大豆、魚、野菜、海藻、きのこ、果物、未精製穀類を取り合わせて食べる減塩した食事パターン」を、動脈硬化性疾患の予防が期待される“日本食(TheJapan Diet)パターン”の食事としています。そして動脈硬化性疾患予防のために、“日本食(The Japan Diet)”を栄養素等指示量に見合った食品構成(食品の種類と量)で摂ることを推奨しています。
一方、広く日本の風土と社会で発達してきた日本料理は、洋食に対して「和食」と呼ばれています。ユネスコ無形文化遺産に登録された「和食;日本人の伝統的な食文化」は、「自然の尊重」という日本人の精神を体現した、食に関する「社会的慣習」です。和食は、多様で新鮮な食材とその持ち味の尊重、栄養バランスに優れた健康的な食生活、自然の美しさや季節の移ろいを表現した盛り付け、正月行事などの年中行事との密接な関わりが特徴とされています*。ただし、日本各地で食べられてきた料理の中には濃い味付けのものが多くあります。また、外国からは、寿司、天ぷら、すき焼き、刺身などに加え、ラーメン、お好み焼き、焼き鳥などの料理も和食(JapaneseFood, Japanese Cuisine)と考えられています。これらの中には、食塩や脂が多い料理があり、高血圧や心疾患の危険を高めますので注意が必要です。
したがって、“日本食(The Japan Diet)”と「和食」は異なり、「和食」は日本人の食事を表す広い概念であるのに対し、日本動脈硬化学会の“日本食(The JapanDiet)”は動脈硬化性疾患予防のための健康的な食様式です。* 文化遺産データベース:和食;日本人の伝統的な食文化https://bunka.nii.ac.jp/db/heritages/detail/274122
地中海食もDASH 食も動脈硬化性疾患を予防する効果が認められています。野菜や果物、全粒穀物を豊富に摂取して食物繊維を多く摂る、肉や卵を減らす、加工食品や飽和脂肪酸の多い食品を減らし、低脂肪乳製品を勧める、という内容がどちらの食事にも共通するポイントで、いずれにしろこれらは勧めてください。さて、地中海食では、魚介類やナッツ類も多く摂取し、オリーブオイル(一価不飽和脂肪酸)をはじめとした不飽和脂肪酸を多く摂ることで、インスリン抵抗性や血清脂質を改善する効果があります。DASH 食はコレステロールや食塩を減らし、カリウム、マグネシウム、カルシウムといった血圧降下作用を持つ塩類を増やすことでLDL-C 低下や降圧効果をもたらせる食事です。ただし、両方の食事は人種や食文化が異なる海外で発展してきた食事であり、日本で行う場合には実情に合った修正を行う必要があります。無秩序なオリーブオイルやナッツ類の摂取はエネルギー摂取過剰となり肥満や脂質異常症を助長する恐れがあります。またDASH 食は3 大栄養素の比率に関しては日本人の普段の食事と似ていますが、脂や食塩を積極的に制限するため味気ない食事になるという欠点があります。食には栄養と同時に食べる歓びが必要です。持続性・継続性を考えて調理に一工夫できれば理想です。
運動療法には、歩行やジョギングなどの有酸素能力を高める「有酸素運動」と筋力トレーニングなどの「レジスタンス運動」があります。有酸素運動により血清脂質が改善することは多くの報告から明らかですが、レジスタンス運動も脂質代謝を改善することが報告されています。高齢者の場合には、有酸素運動に加えて、ウエイトトレーニングやスクワット・階段昇り・ベンチステップ運動などの自分の体重を負荷にしたレジスタンス運動を併用することが脂質代謝の改善に有効です。筋力トレーニングは筋力向上のみならず、糖尿病患者での血糖改善効果、メタボリックシンドローム該当者での収縮期血圧低下効果などQOL 向上につながる様々な効果や有酸素運動との併用効果が報告されています。レジスタンス運動の実施上の注意点としては、有酸素運動に比べて筋骨格系障害が発生しやすい傾向にあります。したがって、運動療法の実施にあたっては潜在的な骨関節疾患の存在に配慮し、個人の体力や運動歴および現在の身体活動状況に応じた指導を行うことが必要です。
有酸素運動は、血中乳酸の蓄積がなく、血圧上昇が軽度な、「話しながら継続して実施できる運動」で安全で効果的です。運動量は「運動強度(メッツ:METs(代謝当量))」と「実施時間」の積(エクササイズ:EX)で表すことができます。「激しい運動」は短い時間で運動量を増やせるというメリットがあります。一方で、筋骨格系障害だけでなく内科的な障害を発生させる可能性を高めます。「激しい運動」を長時間行うことの有益性は確認されていません。一方、「短時間の高強度のインターバルトレーニング」の安全性と有効性が近年報告されています。体力の高い人では実施してもいいです。
通常速度のウォーキング(=歩行)は、運動強度メッツで表すと3 メッツ(安静時代謝の3 倍)であり、「中強度」の運動に分類されます。「中強度以上」の運動が脂質代謝の改善に推奨されています。しかし、近年、3 メッツ未満の軽強度の身体活動の時間が長いとトリグリセライドの低下やHDL コレステロールの上昇と関連することが報告されています。したがって、軽強度の運動を長時間行うことも血清脂質の改善に有効です。
運動強度は相対的なもので、その人の体力(有酸素能力)に依存します。体力の低い人においては通常速度のウォーキングを目標に、体力の高い人においては、速歩やスロージョギングなどのやや強度の高い運動を目標にすることが勧められます。
現在わが国ではプラバスタチン、シンバスタチン、フルバスタチン、アトルバスタチン、ピタバスタチン、ロスバスタチンが使用可能ですが、これまでのスタチンを用いた国内外の大規模臨床介入試験や断面調査研究の結果から、いずれのスタチンを選択しても長期の安全性には差がないことが明らかになっています。また、スタチン不耐に関しても、スタチン間での違いは報告されていません。
スタチンの種類にかかわらずLDL-C 低下率と脳心血管イベント抑制効果の間には正の相関が認められ、LDL-C 管理目標値を達成するために、それぞれのLDL-C 低下作用を基準にスタチンを選択します(診療ガイド2023年版の表9-7参照)。ただし、冠動脈疾患の二次予防においては、治療開始前LDL-C 値にかかわらず、発症早期より最大耐用量のストロングスタチンを第一選択とした薬物療法が、動脈硬化性疾患予防ガイドライン2022年版では推奨されています。
半減期が短いスタチンは朝よりも夕方に内服した方がLDL-C 低下作用が大きいことが報告(Awad K, et al. J Clin Lipidol. 2017; 11: 972-985. PMID: 28826569)されているため、短時間作用型スタチン(プラバスタチン、シンバスタチン、フルバスタチン)は夕方に投与するのがよいと考えられます。また、シンバスタチン、フルバスタチン、アトルバスタチンは薬剤代謝酵素(CYP)で代謝されるため薬剤相互作用に留意する必要があります。シンバスタチン、アトルバスタチンは、大量のグレープフルーツジュース摂取による相互作用も報告されているため注意が必要です。特に薬剤の代謝能が低下し、多剤服用する機会が多い高齢者においては十分な監視と注意が必要です。
LDL-C 低下効果、動脈硬化性疾患を予防するエビデンスが確立していることなどから、LDL-C 低下療法の第一選択薬はスタチンです。しかし、高用量のスタチンを使用してもLDL-C が管理目標値まで低下しない場合や、筋肉痛や横紋筋融解症などの副作用のためスタチンを十分量投与できない場合もあります。こうした場合には、作用機序の異なる小腸コレステロールトランスポーター阻害薬、陰イオン交換樹脂、プロブコール、PCSK9 阻害薬などを併用することで、LDL-C をさらに低下させることができます。スタチンに加えて小腸コレステロールトランスポーター阻害薬やPCSK9 阻害薬を投与してLDL-C を低下させることで、ハイリスク患者の心血管イベントを減少させることが海外で報告され、スタチン以外の薬物でLDL-C を低下させても動脈硬化性疾患が予防できることが明らかになっています。
プラバスタチン、シンバスタチン、アトルバスタチン、ロスバスタチン、そしてロバスタチン(日本では未使用)を用いた大規模臨床試験のメタ解析(2010年Lancet誌)の結果、これらのスタチンによる治療により糖尿病の新規発症が9 %増加すること、そのリスクにはスタチンの種類間で違いは認めないことが示されました。ただし、これら臨床試験において、糖尿病発症の判断が主治医にゆだねられていたという問題がありますし、新規発症者は元来糖尿病発症リスクの高い患者(高齢者や耐糖能異常、メタボリックシンドロームなど)からの発症であり、注意して経過観察すればよい症例といえます。また、抗精神病薬や抗生物質などに認める糖尿病ケトアシドーシス(DKA)や高浸透圧高血糖状態(HHS)とは異なる形式での緩やかな糖尿病発症であることも特徴です。さらに、日本で開発されたピタバスタチンに関しては、その臨床研究のメタ解析より、糖尿病の新規発症のリスクはないことが示されています。
上記2010年Lancet 誌のメタ解析の結果では、これら対象となったスタチンで255人の患者を4 年間治療すると1 人の糖尿病患者が増加するのですが、心血管イベントは5.4件減らすことができます。したがって、糖尿病の新規発症を恐れるあまり必要な患者にスタチンの投与を行わないことは問題で、リスク評価を行って、かつ糖尿病発症には留意しながら、必要な症例にはスタチンによる治療を行うべきと考えてよいです。
スタチン投与による筋関連症状(SAMS)は10%前後と比較的よく認められます。横紋筋融解症やスタチン関連ミオパチーは、重篤で避けるべき重大な副作用である一方で、頻度は非常に稀(0.001~0.03%)です。ただし、腎機能低下のある患者でスタチンをフィブラート系薬と併用した場合には横紋筋融解症の発症頻度が増加するため、注意が必要です。
スタチン投与後にCK の上昇を伴わない筋関連症状や褐色尿(赤褐色尿)を訴える患者さんでは、ノセボ効果の関与も念頭に置く必要があります。2016年に発表されたGAUSS-3 研究や2021年に発表されたStatin WISE 研究では、SAMS のためスタチン不耐と判定されていた患者の多くが実際にはスタチン不耐でなかったことが明らかになりました。薬の説明書や薬局での説明で、SAMS や褐色尿などに関する注意書きを見た患者さんが、スタチンと関係のない筋症状や尿の色の変化をスタチンが原因であると自己判断することは珍しくありません。
CK の上昇を認める場合でも、原因のすべてがスタチンとは限りません。ある程度の強度の運動ではCK は上昇し、筋肉痛とともに数日間続くことがあります。運動が原因であれば、運動を控えることでCK 値は速やかに低下するため、そのようなエピソードがなかったかどうかを確認し、CK 値上昇が真にスタチンの副作用なのかを判断することも重要です。これとは別に、甲状腺機能低下症ではスタチン投与でCK が上昇しやすいとされ、筋疾患などではスタチンを投与する前からCK が高値の場合もあります。スタチンの投与前に、甲状腺機能低下症の有無とCK 値を確認しておくことも大事です。
さて、上記のことを勘案しつつ、84ページ「図9-9」の推奨アプローチ、あるいは「スタチン不耐に関する診療指針2018」を参考にしながら対応してください。概説すると、正常上限値の4 倍程度までのCK 上昇の場合はスタチンの必要性を見直した上で、経過を慎重に観察しながらの投与継続も考慮してください。正常上限値の4 倍から10倍の上昇の場合は、SAMS の有無および内服の必要性を見直し、継続あるいは減量して注意深く経過観察する、もしくは中止を検討することを考慮してください。スタチンを中止してもCK 上昇が続く場合は、神経内科専門医へのコンサルトを考慮してください。いずれの場合でも、判断に迷った際には、いつでも動脈硬化専門医にご相談ください。CK が正常上限値の10倍以上の場合には一旦スタチンを中止し、専門医(動脈硬化専門医、神経内科専門医)にコンサルトしてください。横紋筋融解症などの重篤な副作用が生じた場合は入院での迅速で適切な加療が必要となります。
どのスタチンを投与してもLDL-C に対する効果が不十分で、かつCK が上昇する症例に遭遇した時は、スタチン不耐の可能性を想定することが必要ですが、同時に甲状腺機能低下症の合併はないかどうかを確認することも重要です。典型的な症状・所見(便秘、寒がり、無気力、体重増加、むくみなど)を呈している甲状腺機能低下症の患者さんの場合はその診断は比較的容易ですが、問診や診察で改めて確認しなければこれらの症状・所見に気づいていないケースもありますし、明確な症状を呈していない症例も存在します。そのようなケースでもLDL-C は上昇しますし、またスタチンによるLDL-C 低下効果は乏しく、かつCK 上昇を認める場合が多いです。特に、毎年健診を受けていて、以前は正常だったLDL-C が急に上昇してきたケースなどの場合は、甲状腺機能低下症の発症を鑑別しておく必要があります。また、甲状腺機能低下症の場合は甲状腺ホルモン製剤を投与して甲状腺機能を正常化させることによりLDL-C も低下するので、甲状腺機能を正常化させた後で再度脂質値を評価して脂質低下療法の必要性を考えるとよいです。もちろん、甲状腺機能低下症が認められない場合はスタチン不耐を考慮してスタチン以外の治療薬でのLDL-C 低下療法を行なってください。判断に困る場合は専門医にご紹介ください。
LDL-C 値が 180 mg/dL 以上であるため、まずはFH を念頭に置く必要があります。ガイドラインの診断基準に従い、高LDL-C 血症および早発性冠動脈疾患の家族歴を問診し、アキレス腱肥厚をはじめとする腱黄色腫や角膜輪の存在を確かめます。アキレス腱肥厚の判定が難しい場合にはX 線撮影または超音波検査での評価を行います。
FH と診断された場合には、一次予防であっても生活習慣指導と並行して薬物療法を開始し、LDL-C の目標は 100 mg/dL 未満とします。
FH の診断基準を満たさない場合は、一次予防の比較的若い患者さんであることから、まずは食事・運動療法を開始します。直ちに薬物療法を開始する必要性は少ないですが、頸動脈エコーのプラークなど早発性動脈硬化所見を認めた場合、あるいはFH の可能性が否定できない場合にはFH 疑い症例として薬物療法を開始してもよいでしょう。
薬物療法の必要性については、絶対リスクも考慮に入れます。動脈硬化学会の脂質管理目標値設定ツールアプリを用いて、仮に血圧を 120/70 mmHg、HDL-C を 50 mg/dL とした場合、10年以内の冠動脈疾患とアテローム血栓性脳梗塞を合わせた動脈硬化性疾患の発症確率は1.9%となります。絶対リスクとしては低リスク群ですが、相対リスクでは同年齢・同性で最もリスクの少ない人と比べると1.9倍の発症リスクがあります。こうした情報を患者さんに提供して、薬物療法の開始の時期など、今後の治療方針について相談します。
LDL-C とTG がともに高値を示した場合、食事療法や運動療法などの生活指導のうえ、リスクに応じたLDL-C の管理目標値達成を目標に、まずはスタチンを第一選択とした薬物療法を考慮します。(77ページ「9-4.3 薬物療法の実際」参照)。LDL-C の管理目標値を達成したにもかかわらず、高TG 血症を認める場合には、TG やnon-HDLCを二次目標として、スタチン増量や他の脂質異常症治療薬の併用を考慮します。ただし、スタチンとフィブラート系薬の併用は、横紋筋融解症のリスクが増えることから、慎重投与となっています。フィブラート系薬は、高齢者や軽度腎機能障害では慎重投与、中等度以上の腎機能障害では禁忌です。選択的PPARαモジュレーターは主として肝排泄のため、腎機能障害による禁忌はなく、また、スタチンとの薬物間相互作用が少ないため、スタチンとの併用はフィブラート系に比べて安全性が高いと考えられています。スタチンとエゼチミブまたはn-3 系多価不飽和脂肪酸の併用も有効です。
一部のフィブラート系薬とスタチンの組み合わせは、スタチンの血中濃度の増加を招き、その結果、横紋筋融解症などの重篤な副作用を招来する事例がありました。特に、ジェムフィブロジルとセリバスタチンの併用で多数の死亡例を経験したため、セリバスタチンは発売中止となり、ジェムフィブロジルもわが国では発売されていません。ジェムフィブロジル以外のフィブラート系薬とスタチンとの併用にも腎機能低下時には原則併用禁忌という文言が添付文書に記載されています。しかし、わが国で広く処方されてきたベザフィブラートやフェノフィブラートはジェムフィブロジルとは異なる薬物間相互作用を示します。フェノフィブラートとシンバスタチンとを併用した海外の大規模臨床試験ACCORD-LIPID でも、横紋筋融解症の増加は報告されておらず、腎機能に問題がなければ、これら2 剤の併用は安全と考えられます。新たに認可されたペマフィブラートも現在わが国で利用されているスタチンとの間の薬物間相互作用が少なく、腎排泄ではないため、フェノフィブラートに比べスタチンとの併用の安全性が高いと考えられます。発売当初の添付文書では「血清クレアチニン値が 2.5mg/dL 以上又はクレアチニンクリアランスが 40 mL/min 未満の腎機能障害のある患者」は禁忌とされていましたが、2022年10月より禁忌から削除され、必要とされる高TG 血症患者に慎重に投与することが可能となりました。
現在わが国では、分子抗体医薬と核酸医薬の2種類のPCSK9阻害薬が保険収載されており、高LDL-C 血症患者において強力なLDL-C 低下作用を有する治療薬として利用されています。
PCSK9 阻害薬のスタチンへの追加併用療法は、動脈硬化性疾患既往患者における動脈硬化性疾患の再発抑制効果が確認されており、多剤併用療法でLDL-C 管理目標値未達成の場合に推奨されます。
現在、日本動脈硬化学会の動脈硬化性疾患予防ガイドライン2022年版でLDL-C 70mg/dL 未満を目指す必要のあるハイリスク集団は、二次予防症例のうち、急性冠症候群、家族性高コレステロール血症、糖尿病、冠動脈疾患とアテローム血栓性脳梗塞(明らかなアテロームを含むその他の脳梗塞を含む)の両者を合併する症例、とされています。このような症例で最大耐用量のスタチンにエゼチミブを併用し効果不十分の場合、あるいはスタチン不耐の場合において、PCSK9 阻害薬の使用が推奨されます。なお家族性高コレステロール血症の場合は、一次予防でLDL-C 管理目標値が 100 mg/dL 未満であり、同様に多剤併用で不十分な場合はPCSK9 阻害薬の使用が考慮されます。ただし、LDL-C 値の低下のみで動脈硬化性疾患の再発を抑制できるわけではなく(残余リスクの存在)、他の動脈硬化リスクとなる合併疾患(高TG 血症、低HDL-C 血症、喫煙、高血圧、糖尿病、CKD など)への治療も重要です。
なお、日本動脈硬化学会では「PCSK9阻害薬適正使用に関する指針 2024改訂版」を公表しています。家族性高コレステロール血症は遺伝性疾患であり、基本的に継続使用が必要と考えられます。家族性高コレステロール血症以外の二次予防患者では、漫然とした投与継続を避けるため、リスクの評価を経時的に行った上で継続することが推奨されています。例えばACS 発症なら1 年後を目安として、心血管イベントの発現リスクの再評価とLDL-C 管理目標値の再確認を行い、PCSK9 阻害薬中止により管理目標値以下に達しないと判断される場合に投与継続することになります。
PCSK9 阻害薬は高額な治療薬です。高LDL-C血症をはじめとした脂質異常症の治療はともすると数値の低下のみがフォーカスされ、その目的が見失われがちになる傾向にあります。実際に、患者さんになぜ脂質低下療法をしているのか尋ねても、主治医の先生からの説明はなかったと回答されるケースもよくみられます。脂質異常症の治療の最大の目的は心血管疾患や急性膵炎など重篤で致命的な合併症を抑制することにあります。
日本動脈硬化学会では海外でのエビデンスをもとに動脈硬化性疾患予防ガイドラインにおいてLDL-C 70 mg/dL 未満を目指すべきハイリスク集団として、二次予防症例のうち、急性冠症候群、家族性高コレステロール血症、糖尿病、アテローム血栓性脳梗塞と冠動脈疾患の両者を合併する症例、をあげています。
ガイドラインに従い、最大耐用量のストロングスタチンとエゼチミブの併用投与による治療効果の評価を行うことは当然であり、それでも管理目標値までLDL-C を低下させることが困難なハイリスク集団でPCSK9 阻害薬の適応を検討します。またスタチン不耐症の二次予防でもPCSK9 阻害薬の適応が検討されます。
患者さんがこの基準に当てはまる場合は、冠動脈疾患またはアテローム血栓性脳梗塞の再発は生命の危機を招く可能性が極めて高いがLDL-C の低下療法の恩恵が高い可能性があることを伝え、適切に治療を継続するよう勧めてください。
原発性脂質異常症とは、血液中のTC やTG が増加・減少する脂質異常症の中で、原因となる疾患や薬剤服用を伴わないものをさします。
原発性高脂血症:原発性高脂血症としては、冠動脈疾患を高率に発症する家族性高コレステロール血症(FH)ヘテロ接合体・ホモ接合体(ホモ接合体は指定難病79)、家族性Ⅲ型高脂血症、家族性複合型高脂血症、急性膵炎を高率に発症する原発性高カイロミクロン血症(指定難病262)を見落とさないようにしましょう。
FH は、出生時から高LDL-C 血症が持続する常染色体顕性(優性)遺伝疾患で、LDL受容体機能の遺伝的な異常に起因します。FH ヘテロ接合体の頻度は一般人口の約300人に1 人と高頻度であり、冠動脈疾患罹患率が高く若年死リスクもある疾患です。高LDL-C 血症ではFH を疑い、未治療時LDL-C 値を確認し、腱黄色腫の診察と家族歴の聴取を行うことが重要です。なお、アキレス腱肥厚はFH に特異的な身体所見ですが、肥厚の目立たない症例もあり、注意が必要です。また、家族調査をするだけでなく、家族への診断・治療機会を提供することも大切です。早期に診断し、治療をすすめることが大切ですが、若年者ではまだアキレス腱肥厚も目立たず、家族歴に乏しいことも多く、診断が難しいこともあります。そのような場合でも、LDL-C の持続高値そのものが冠動脈疾患のリスクであることを意識し、FH もFH 疑いもしっかりと治療することが大切です。なお、FH 以外に高LDL-C 血症や黄色腫を呈する鑑別疾患として、シトステロール血症(指定難病260)や脳腱黄色腫症(指定難病263)があり、FH としては非典型的な症状がある、両親のどちらにも高LDL-C 血症がないなどの非典型例では、これらの可能性に注意が必要です。
TC とTG の両者が高くなる高脂血症にはⅡb 型とⅢ型高脂血症があります。その鑑別にはリポ蛋白の電気泳動法が有効で、broad βバンドが認められれば、アポリポ蛋白E の異常による家族性Ⅲ型高脂血症が疑われます。Ⅱb 型高脂血症では、思春期以降に高脂血症を呈する家族性複合型高脂血症の場合があります。家族性複合型高脂血症ではⅡa 型やⅣ型高脂血症を呈する場合もあり、診断には脂質異常症の型を含む家族調査が重要です。家族性複合型高脂血症の多くの症例は多因子遺伝と考えられています。いずれの場合でも、若年から持続する脂質異常症によって冠動脈疾患等の発症リスクが非常に高くなるため、その他の危険因子とともに適正に管理し、動脈硬化症を予防することが重要です。
また、TG が 1,000 mg/dL を超える場合には、カイロミクロンの増加するⅠ型やⅤ型高脂血症を疑います。急性膵炎のリスクに注意が必要です。リポ蛋白リパーゼ(LPL)やアポリポ蛋白C- Ⅱの欠損などの遺伝子異常の他に、LPL 経路の蛋白(GPIHBP1など)に対する自己抗体が原因の場合もあり、膠原病の合併にも注意しましょう。Ⅰ型やⅤ型高脂血症が疑われるケースでは、糖尿病、アルコール、肥満、妊娠などの負荷が加わると急に増悪して膵炎を発症することがあります。健康診断や採血検査で著しい高TG 血症がある時、「乳糜(+)」のコメントがある時は、必ず再検査して、見逃さないようにしましょう。
原発性低脂血症:原発性低脂血症には、原発性低HDL-C 血症と、原発性低LDL-C 血症があります。原発性低HDL-C 血症は、HDL-C<25 mg/dL、原発性低LDL-C 血症は、LDL-C<15mg/dL、apoB<15 mg/dL がスクリーニング基準となります。冠動脈疾患や眼科的疾患、腎障害などのリスクとなる原発性低HDL-C 血症(LCAT 欠損症(指定難病259)、タンジール病(指定難病261)、アポリポ蛋白A-Ⅰ欠損症)、脂溶性ビタミンの欠乏により様々な障害をきたす原発性低LDL-C 血症(無βリポタンパク血症(指定難病264)、家族性低βリポタンパク血症(FHBL) 1 (ホモ接合体)(指定難病336))は見逃さないように気をつけましょう。上記のスクリーニング基準にあてはまる時は、適宜専門医にご相談ください。
原発性脂質異常症の各疾患については、厚労省の「原発性脂質異常症に関する調査研究班」ホームページ、難病情報センターの各疾患のページ、日本動脈硬化学会の原発性低脂血症についてのページ をご参照ください。遺伝子診断・遺伝カウンセリングが必要になる場合もありますので、適宜専門医にご相談ください。
FH は、若年時からのLDL-C 高値の持続によって冠動脈疾患の生涯リスクがきわめて高い遺伝疾患であるため、若年で動脈硬化性疾患の既往のない一次予防の段階であっても、原則として薬物療法を開始すべきです。
まず、ホモ接合体かヘテロ接合体かの鑑別が必要です。両親がともにFH の場合やLDL-C が 400 mg/dL を超える場合にはホモ接合体を疑い、早期に専門施設への紹介が望ましいでしょう。10歳以上のヘテロ接合体では、食事・運動療法を行いながらガイドラインを参考に薬物療法を開始します。
小児でも成人でも、ヘテロ接合体における第一選択薬はスタチンですが、管理目標値は異なることに留意します。また、スタチンは妊娠中・授乳中には禁忌であることから、妊娠可能年齢の女性に対しては、妊娠の予定について相談した上で治療計画を策定し、適切な時期にスタチンを休薬する必要があります。
FH は出生時から高LDL-C 血症が持続する遺伝性疾患で、LDL 受容体機能に関わる遺伝学的異常に起因します(41ページ「図7-2」参照)。
FH ヘテロ接合体はおよそ一般人300人に1 人と高頻度なため、健康診断やプライマリケアで容易に遭遇する遺伝性疾患の一つであり、すでに高LDL-C 血症でスタチンを内服している患者の数%を占めていると報告されています。
診断基準では特異度の問題から成人では「未治療時LDL-C 180 mg/dL 以上」とされ日本人の1 割弱がそれにあたります。FH 患者ではLDL-C の高値が多く認められていますが、実際には1 割程度の成人FH のLDL-C は160~180 mg/dL です。なお15歳未満の小児FH の診断基準は「LDL-C 140 mg/dL 以上」です。
FH を見つけるコツは「高LDL-C 血症の全例で腱黄色腫の有無を確認し、家族歴を確認すること」です。その上で以下の点に留意するのがよいと思われます。
FH では、スタチン最大耐用量にエゼチミブを併用しても、二次予防のLDL-C 管理目標値(70 mg/dL 未満)への到達が難しいのですが、ヘテロ接合体ではほぼすべての症例でPCSK9 阻害薬の追加により管理目標値達成が可能になります。
しかし、PCSK9 阻害薬導入後に一旦低下したLDL-C 値が再び上昇してくる場合があります。自己注射導入直後であれば手技の確認も必要です。もし数ヶ月でLDL-C 値が上昇してくる場合は、まずスタチン等の内服アドヒアランス低下を考慮する必要があります。PCSK9 阻害薬が最大限に効果を発揮するためには、スタチン投与によるLDL 受容体の活性化(と副産物としてのPCSK9 分泌の増加)が前提だからです。
しかし、良好なラポール形成* のためには、単にアドヒアランス低下を責めるのは良くない場合があります。なぜなら患者さんやご家族がLDL-C 70 mg/dL 未満を下がりすぎと考えることがあり得るからです(一般的な基準ではLDL-C 59 mg/dL 以下は異常値であり、専門外の医師から下がりすぎと言われることもあり得ます)。したがって、十分にコミュニケーションをとり、こちらも患者さんの思いを理解した上で、積極的脂質低下療法の有効性と安全性をふまえた、共同意思決定を行っていくことが好ましいと考えます。
LDL-C コントロールがゆっくり悪化している場合(例えば年単位)は、スタチン内服不遵守以外の原因を考えます。体重コントロールや食事内容などの生活習慣、時には糖尿病や甲状腺機能低下など二次性脂質異常症も再評価する必要があります。
* ラポール形成:双方向の円滑なコミュニケーションなどによって良好な信頼関係を構築すること。
FH の患者さんの中でもホモ接合体の患者さんであればスタチンの効果がない症例も多いのですが、本症例のLDL-C 値であればFH ホモ接合体である可能性は低いと考えられます。一方、本症例のようにアキレス腱肥厚を認めてかつLDL-C が上昇する疾患としては、FH 以外にシトステロール血症があります。シトステロール血症は、小腸からのコレステロールや植物ステロール(シトステロールなど)の吸収が亢進していることにより生じる疾患で、スタチンはほとんど効かないのですが、食事療法(コレステロールや植物ステロールの制限)や小腸からのコレステロール吸収を抑える薬(エゼチミブや陰イオン交換樹脂)が有効であることが特徴です。それゆえ、本症例では、まずは食事療法を指導して経過を見るとともに、コレステロール吸収阻害薬を投与してみてその効果を評価するのがよいでしょう。シトステロール血症は難病に指定されている動脈硬化性疾患発症リスクの高い疾患で、詳細は https://www.nanbyou.or.jp/entry/4857 をご参照ください。確定診断には血清シトステロール濃度の測定や遺伝子検査が必要ですので、専門医への紹介も考慮してください。なお、甲状腺機能低下症を合併している症例であれば、どのような症例でもスタチンの効果が認めにくいことが起こりうるので、甲状腺関連ホルモンの検査も行って続発性脂質異常症の有無を確認してください。
CKD は、心血管イベント発症の高リスク病態です。糸球体濾過量(GFR)が低下するほど、また同じGFR なら蛋白尿が高度なほど、リスクが高くなります。その背景として、CKD に伴う古典的危険因子の増悪と、リン・カルシウム代謝異常など非古典的危険因子の関与が考えられており、包括的リスク管理が非常に重要となります。
CKD における脂質異常症では、蛋白尿を伴う場合は高LDL-C 血症を主体とした高コレステロール血症を呈しやすく、GFR 低下を伴う場合はVLDL およびIDL などのレムナントの蓄積による高TG 血症が認められ、しばしば低HDL-C 血症を合併します。
CKD における動脈硬化性疾患一次予防の脂質管理目標値は、LDL-C<120 mg/dL、非絶食時や高TG 血症合併時ではnon-HDL-C<150 mg/dL が推奨されています。今回のガイドライン改訂に伴い、糖尿病とCKD を合併している場合には更に厳格な脂質管理を考慮し、LDL-C<100 mg/dL、non-HDL-C<130 mg/dL の管理目標値が提示されました。
CKD を対象とした臨床試験の結果から、LDL-C 低下療法は、CKD 合併症例の動脈硬化性心血管疾患を有意に抑制することが示されています。ただし、透析治療期(CKD ステージ5D)においては、スタチンを用いた脂質低下療法を新たに開始しても心血管イベント発症リスクを有意には抑制できなかったことから、CKD 早期からの脂質対策が重要であると考えられています。CKD 患者を対象としたランダム化比較試験でTG を低下させる薬物療法により心血管リスクが低下することを示したエビデンスはありません。しかし、2 型糖尿病患者を対象としフェノフィブラートを用いたFIELD試験の結果を腎機能で層別解析した事後解析によると、eGFR 30-59 mL/min/1.73 m2の患者群では有意に心血管イベントや心血管死亡のリスクが低下していることが示されています。
腎機能低下症例では、薬物療法を行う際は、安全性への配慮が特に大切です。腎機能低下例においてもスタチン、小腸コレステロールトランスポーター阻害薬、プロブコール、陰イオン交換樹脂、イコサペント酸エチル、オメガ-3 脂肪酸エチル、および胆汁排泄性の選択的PPARα作動薬ペマフィブラートは慎重に使用可能ですが、腎排泄性のフィブラート系薬は腎不全では禁忌です。横紋筋融解症などの有害事象を避けるため、慎重に薬剤や用量を選択し、投与開始後は効果と安全性を確認し、その後も慎重な観察が重要です。腎機能は経年的に低下していく場合が多いため、適宜、薬物療法継続の是非、投与量調整の要否について検討することが望まれます。
肥満症では、内臓脂肪蓄積や脂肪肝などの異所性脂肪蓄積を基盤にインスリン抵抗性が増大しています。その結果、肝臓から過剰にVLDL が産生され、またリポ蛋白リパーゼの活性が減弱することで、TG を多く含むリポ蛋白が血中にうっ滞し、HDL-Cが低下します。したがって、肥満に起因する脂質異常症では高TG 血症と低HDL-C 血症を示すことが特徴的です。もちろんコレステロールや飽和脂肪酸の摂取過剰が加わって、高LDL-C 血症を伴うこともよく認められます。また、これらの量的異常にくわえて質的異常もともないやすく、レムナントリポ蛋白、酸化LDL、small dense LDL などの動脈硬化惹起性リポ蛋白が出現し、食後高脂血症がよくみられることも特徴です。
内臓脂肪型肥満は、脂質異常症の他、糖代謝障害や血圧上昇をともないやすく、メタボリックシンドロームを引き起こすため、動脈硬化性疾患発症の高リスク病態と考えられます。個々の数値の異常に対してそれぞれ治療を行うことも必要ですが、生活習慣の見直しを中心に減量を目指すことが最も重要で、脂質異常症の改善も期待できます。
食事療法としては、適正な総エネルギー摂取量のもとで炭水化物のエネルギー比率を50-60%の設定の中でやや低めにし、アルコールの過剰摂取を制限します。果物や果糖含有加工食品も過剰摂取は避け、一方、n-3 系PUFA の摂取を増やします。長期に極端な炭水化物を制限することは臨床的なエビデンスがなく勧められません。運動療法としては、レジスタンス運動を取り入れながらウォーキングなどの有酸素運動を中心に、継続することが大切です。毎日の体重測定と記録を習慣化し、体重管理を意識づけていきましょう。